Sunday, February 28, 2016

[Singapore] Lee Khoon Choy(リー・クーンチョイ)氏とは

週末ニュースで2/27にLee Khoon Choy(リー・クーンチョイ)氏が92歳で亡くなったと報道されていたのを見た方もいると思います。ちょうどその方の著書を読んだばかりでした。

南洋華人 国を求めて / リー・クーンチョイ


リー・クーンチョイ氏とは与党の人民行動党の議員であった人で、故リー・クワンユー元首相とともに創成期のシンガポールを形作った人です。日本・韓国・インドネシア等8カ国の大使を務め、日本やインドネシアに関する著書も出しています。

昨年91歳で亡くなった故リー・クワンユー元首相が1923年9月生まれ、リー・クンチョイ氏は1924年1月生まれと、ほぼ同時期を生きています。

マレーシアのバターワースで事業家の家に生まれ、兄弟は英語教育を受け英国に忠誠心を持ち、自身は中国語教育を受け自分は中国人だと考える、という家族内でも教育環境により異なったアイデンティティを持つことを経験。日本軍がマレーシア・シンガポールを占領すると日本語教師として生計を立てた。中国が国民党・共産党が主導権争いをするようになると在外華僑はどちらにつくかで分かれた。1957年マラヤ連邦が成立、1963年シンガポールを含むマレーシアが成立、1965年シンガポールが成立。1949年新中国が成立し、友人のなかには新中国の発展に寄与すると志し中国に帰ったものもいた。だが在外華僑ということで文化大革命の際に迫害され、シンガポール成立後リー・クーンチョイ氏が中国を正式訪問した際にその友人から連絡があり助けを求められた。各国の大使も歴任し、本書を通して「国」や自分のアイデンティティについて考えています。

上記のような自分の所属しているものがときどきによって変わるということは、日本で生まれ日本で育った日本人にはなかなか理解しがたいかもしれません。もちろん所属する会社や働く国が変わったりというのはありますが、属する国そのものが変わるということを経験している人は多くないと思います。特にシンガポールで暮らす日本人には興味深い内容だと思います。

彼の死に際して、現首相のリー・シエンロンもフェイスブックで、彼がインドネシア大使として、シンガポール オーチャードのマクドナルドハウスがインドネシア海兵隊員に爆破され死傷者が出た事件で、リー・クーンチョイ氏はリー・クワンユー首相を説得、リー・クワンユーは(シンガポールで死刑執行され、インドネシアでは英雄として扱われていた)その海兵隊員のインドネシアの墓を訪問、インドネシアの伝統衣装バティックを着て献花した。そのことがリー・クワンユーにスハルト大統領との関係を構築させた。と記載しています。

リー・クンチョイ氏の人となりまでは知りませんが、確たる頼れるものがない激動の世の中において生き抜き、国を作った人は尊敬に値しますし、今自分たちはそれに比べれば整った環境のなかで生きておりだからこそ、見習うべき部分もあるのではと思います。

参考資料)
CNA :
Former Senior Minister of State, PAP MP Lee Khoon Choy dies
nangokushimbunnews :
インドネシア海軍艦船の船名、シンガポールで波紋呼ぶ

Saturday, February 27, 2016

[Singapore] お年玉袋で何でも作るシンガポール人

シンガポールでは旧正月期間も終わり、生活も仕事も日常に戻りました。旧正月期間中、シンガポール人の家を訪れる機会が何度かありました。

旧正月に中華系シンガポール人の家を訪れると、日本同様にお年玉を渡し合います。あげる側・もらう側の境目は日本では成人のタイミングだと思いますが、シンガポールでは結婚したタイミングとなります。渡す金額については、シンガポール人の友人が携帯のメッセージで共有してくれた下記の写真が参考になります。中華文化圏で縁起の良いとされる8が一桁目になっています。シンガポールは毎年物価が上がっているので、こういった相場も毎年変わります。


お年玉袋は日本ではお店で購入しますが、シンガポールでは銀行などでもらいます。日本のご祝儀と同様、シンガポールのお年玉は新札が望ましいとされていて、旧正月前になると多くの人が銀行で新札に交換します。また、上記の表からもわかるように末尾の8を作るために大量の2ドル札に交換します。そのためシンガポールでは毎年かなりの数の2ドル札の新札が発行されているのではないでしょうか。お年玉袋の話に戻りますが、その際に銀行がサービスとして配ります。銀行にとっては銀行名が入ったお年玉袋が多くの人に配られるため宣伝にもなります。


銀行が大量にお年玉袋を配り、お年玉袋を銀行でもらう人も足りなくならないよう念のため多めにもらいます。銀行でない機関もお年玉袋を作って配ります。結果として感覚ですが実際に使われるお年玉袋の2倍以上が毎年作られているのではないでしょうか。銀行などが作っているお年玉袋も毎年干支のデザインを取り入れて異なったデザインにしており、余ったからといって翌年使うことはできません。結果として毎年大量に余ります。そこで誰かが考えたのが余ったお年玉袋でお正月飾りを作ってしまおう!ということです。これはシンガポールの知人宅で見つけた魚。目を描いて、尾ひれの部分はホチキスで留めています。


これは鯉でしょうか。ホチキスをうまく使って立体になっています。


これは、お金と縁起のよい8の数字を表しています。


そしてこれは台湾や東南アジアでよく店舗の軒下、住居の入口などにかかっているパイナップル型のランタン、をお年玉袋で作ったものです。力作ですね。


この力作のようなものを作ろうとすると最初からそのためにお年玉袋を確保しておかなくてはならないですね(笑)。他にもいろいろなデザインを見ました。また見かけたら紹介したいと思います。

まとめると、お年玉⇒新札・縁起のよい8を作るための2ドル札需要⇒新札交換・両替に合わせ銀行がお年玉袋を発行⇒銀行も多めにお年玉袋を発行し、もらう人も多めにもらう、銀行以外も発行⇒お年玉袋が余る、干支のデザインで翌年使えない⇒大量に余ったお年玉袋で様々な正月飾りを考案!と、中華文化の習慣、企業の動き、人々の行動のなかで文化が生み出されていることに面白味を感じます。これは一例ですが、シンガポールには様々な文化があり、日本とくらべ深みがどうだとか言うものではないと思います。文化に深みがないと感じたらそれは自分自身の行動に深みがないのだと思います。どんどん深く現地の文化・社会に入り込んでいきましょう!

Wednesday, October 28, 2015

[Singapore] 福建語を話して華人社会に深く入り込もう

シンガポールには中華系、マレー系、インド系、その他と様々な種族の人たちがおり、オフィスでは英語が共通言語として使われています。一方、それぞれ同じ種族の友人や家族との会話では中国語、マレー語、タミル語、もしくは英語で会話がなされます。

また中華系の人たちはその祖先の出身に応じて中国語の方言である福建語、潮州語、広東語、客家語、海南語を家族・親戚や地元の同じ言語グループの人たちとの会話で使用します(少なくとも私自身も福建語、潮州語、広東語が家族間で話されているのは聞いたことがあります)。

シンガポールの華人に対し、より身内に近い環境で話されるその方言を少しでも話すことで、自分たちの言語に興味を持ってくれる珍しい外国人だと興味を持ってくれるのではと思います。純粋にそういったコミュニケーションは双方にとって楽しいものですし、ビジネスの場においても業務内容・英語でのコミュニケーションはちゃんとしたうえで、タイミングをみてこういったコミュニケーションも加えられればビジネスの相手のこちら側への精神的な距離もぐっと縮まるのではと思います。シンガポールには日本人も多いので、個人としてしっかり覚えてもらうには「こんな珍しい日本人がいたよ」と相手が話題にしてもらえるような、日本人のなかでの差別化も必要なのではと思います(それが別に福建語でなくてもいいと思いますが、何か考えてみてもいいと思います)。

また福建系の人は華人のなかでも最も多く、福建語の表現がそのままシングリッシュになっているものも多いため、シングリッシュの理解にも繋がることから一石二鳥の言語だと思います 笑。

自己流ですが、発音を下記に記しましたので、ぜひ使ってみてください。発音・声調(括弧の中の数字)は中国語(普通話、マンダリン)のピンイン・声調をベースにして表記しています。普通話の発音にはないものは、日本語のローマ字の発音で発音してください。声調も参考にすればかなり通じると思っていますので、自身を持って言い切ってみてください!

あなたは何人(なにじん)ですか?
⇒ 你是什么人?/ Ni(1) Xi(3) Xi(2) Mi(1) Lan(2)? / にー(1) し(3) し(2) み(1) らん(2)?

私は日本人です
⇒ 我是日本人 / Wa(1) Xi(3) Ji(3) Pun(1) Lan(2) / わー(1) し(3) じっ(3) ぷん(1) らん(2)

私は中国人です
⇒ 我是中国人 / Wa(1) Xi(3) Diong(1) Kuk(3) Lan(2) / わー(1) し(3) でぃおん(1) ぐっ(3) らん(2)

私は学生です
⇒ 我是学生 / Wa(1) Xi(3) Hak(1) Seng(3) / わー(1) し(3) はっ(1) せん(3)

大丈夫
⇒ 不要紧 / Bo(2) Yag(1) Gin(3) / ぼ(2) やっ(1) ぎん(3)

水を飲む
⇒ 饮水 / Lim(3) Zui(4) / りむ(3) ずい(4)

水を飲みますか?
⇒ 爱饮水莫? / Ai(1) Lim(3) Zui(4) Mai(2) ? / あい(1) りむ(3) ずい(4) まい(2)?

お酒を飲む
⇒ 饮酒 / Lim(3) Jiu(4) / りむ(3) じぅ(4)

お酒を飲みますか?
⇒ 爱饮酒莫? / Ai(1) Lim(3) Jiu(4) Mai(2) ? / 
あい(1) りむ(3) じぅ(4) まい(2)?

はい
⇒ 爱 /Ai(1) / あい(1)

いいえ
⇒ 莫 / Mai(4) / まい(4)

ある
⇒ 有/ Wu(1) / うー(1)

ない
⇒ 无 / Bo(2) / ぼー(2)

わからない
⇒ Mm(3) Zai(1) / むぅー(3) ざい(1)

仕方ない
⇒ 无变 / Bo(2) Bian(1) / ぼー(2) びえん(1)

ボーピア ※クレープのような生地に豚肉や野菜、ニンニク等を乗せ、巻いて
食べる福建料理
⇒ 薄饼 / Bo(2) Pia(1) / ぼー(2) ぴあ(1)

ゴーヒャン ※豚肉を湯葉で巻いて揚げた福建料理
⇒ 五香 / Ngo(2) Hiang(1) / んごー(2) ひぃあん(1)

アングーグエ ※お祝い事の際に食べる赤い色をした亀の甲羅の模様がついた餅
⇒ 红龟糕 / Ang(3) Gu(1) Gue(1) / あん(3) ぐー(1) ぐえ(1)

エアコンをつける
⇒ 开冷气 / Kui(1) Leng(3) Ki(4) / くい(1) れん(3) きー(4)

Tuesday, October 27, 2015

[コンサルタントの働き方] コンサルタント的断捨離のススメ

断捨離という言葉が少し前に流行っていましたが、シンガポールに生活の拠点を移す際、所有物の整理を行ったときのことを書きたいと思います。結果、シンガポールでの所有物は最小限とし、実家の荷物の整理もできたため、気持ちも身軽になりました。整理対象・方法は下記の通りです。

・書籍・セミナー資料等
全てPDF化してノートPCに入れました。PDFファイルは併せて文字認識の処理をしており、仕事で参考になる記述があるかどうか探す時も文字で検索ができるため実物の本よりも使い勝手がよく、実際にシンガポールに来てから仕事に役に立ったものもいくつかあります。ノートPCはタブレットにもなるタイプなので、飛行機の中等でも読みやすいです。留意すべきは無心に全てPDF化するのではなく、そもそも今後読まないと思ったものはPDF化もせず、売ったり廃品回収に出したりすることで時間の無駄を省くことです。

・書類・領収書類
明らかに不要なものは捨て、またPDF化したり写真に撮り残しておけばよいものはそのようにしました。実際に紙媒体で保管すべきものは、バインダー一冊に集約しました。データ化したものはフォルダで整理、バインダーもカテゴリごとに整理しているため、頭出しも早いです。

・衣類、靴等
1年以上身につけていないものは捨てました。

併せて実家においてあった自身の物品についても同じように整理をしました。書籍、衣類、CD、写真等多くありましたがこれを機会に整理してしまいました。

・CD
MP3化してノートPCに入れ、CDそのものは捨ててしまいまいた。こちらで疲れたとき等、昔よく聞いていた音楽を久々に聞くのもなかなかいいです。

・写真
デジカメが普及するまでに撮った写真のうちあとで見る価値のあると思うもののみ選び、他は全て捨ててしまいました。万が一必要になっても以前ネガを写真屋でデジタル化しており大丈夫です。

そのため実家に置いていた荷物もシンガポールでは不要な冬服(最低限)と卒業アルバム類(これも自分の部分だけPDF化して捨ててしまおうか考えたが結局残した)くらいになり、気持ち的にもすっきりしてこちらにくることができています。

様々な物品を整理していて重要であると思った考え方は優先度の高い順に、①まずはいらないものを識別する、②そのうえで実物として残しておかなければならないかまたはPDFや写真で十分か判断する、③どうしても実物として残しておくもののみ分類して残す、です。①は、そもそもいらないのにPDF化したり分類したりしていたらそもそも時間がもったいないですし、②は「データとして残す」という選択肢を設けることで捨てるか/残すかの二択だと結局迷って残すを選んでしまうようなものでも積極的にこの選択肢を選ぶことができ実物の量を大幅に減らすことができた、のがそれぞれ重要であると考えた理由です。

細かい作業に入る前にそもそもその作業は必要なのかとで考えたり、情報はデータ化してすぐに頭出しできるようにしたり、といったことはコンサルタントとしても重要な行動様式ですし、それにより資産(持ち物)は軽く、持ち歩ける情報は多く・使い易くすることで移動が多いなかでも普段と変わりないパフォーマンスを発揮できるようになります。

実際にはシンガポールに引っ越す前からこのようなことを考えて少しずつ身の回りの整理を続けていたのですが、そうしたところだんだんと「物」に対する執着や物欲がなくなってきました 笑。

Monday, October 12, 2015

[Singapore] 東京のシンガポール料理店発展史

近年東京でシンガポール料理店が増えており、今までウォッチしてきたいくつかを含めどれくらいあるのだろうと調べてみたら思いのほか多くありました。それらをオープンの時期ごとにまとめてみたところ、シンガポールから満を持して進出したお店を含め競争が激化していることがわかります。今後シンガポール料理が飽きられてしまうのか、タイ料理のように定着していくのかはわかりませんが、単なる流行に乗ってお店を出すのではなくシンガポール料理に拘りを持ち、その魅力を伝えるお店が日本・東京でのシンガポール料理を引っ張っていってもらえればいいなと思っています。

☆黎明期(2000~2004年)
→チキンライスといえばケチャップライスだった時代、2000年に夢飯(むーはん)が開業。その3年後に海南鶏飯食堂が六本木ヒルズの近くに開業、六本木ヒルズの盛り上がりとともにじわじわと海南鶏飯(海南チキンライス)が知られるようになる。

[夢飯(むーはん)]
http://mu-hang.sakura.ne.jp/
まさかシンガポールがブームになるだろうとは誰も思わなかった時代、チキンライスといえばケチャップライスだった時代、2000年に海南チキンライスの専門店として西荻窪にオープンします。その後西新橋にも出店。海南鶏飯の鶏はゆで鶏と、揚げ鶏と両方。毎月5、10、15、20、25、30日はジャスミンライスの日とのことで、毎日ジャスミンライス(タイの高級香り米)ではないようですが、料理はどれも丁寧に作られています。何度か西荻窪店に行きましたが、店舗内も家具や照明が温かい雰囲気を出していて落ち着きます。

[海南鶏飯食堂(ハイナンジーファンしょくどう)]
http://www.route9g.com/
2003年5月に六本木ヒルズの裏手に麻布店をオープン。アメリカの料理学校で出会った二人が経営者となり立ち上げました。六本木ヒルズ自体が2003年4月開業のため、いいタイミングでオープンしています。雑誌などでも多く取り上げられ店が一躍有名になるとともに、その後恵比寿店を立ち上げたあたりから東京でシンガポール料理屋が急に増え、テレビでもシンガポール特集が組まれるようになったりと、東京・日本でのシンガポール・シンガポール料理の認知度向上に大きな影響を与えたたと言えます。六本木のミッドタウンの近くにもお店があります。

オーナーシェフ(経営者の一人)は、シンガポール料理に関する様々な考察をブログにて発信しています(→http://singaporecooking.blogspot.sg/)。また長年研究してきたシンガポール料理のレシピをまとめた海南鶏飯食堂クックブックという本を2006年に出版しています。シンガポール料理自体への強い思いを持って営業していることが伺えます。店員の方が料理を運んでくる時にも食べ方や、シンガポールではどうやって食べられているかなど丁寧に説明してくれたりします。お皿もすぐ下げずに「このブラックペッパーソースをご飯やロティと一緒に食べるとおいしいんですよ」と勧める等、料理を楽しんでもらいたい気持ちが感じられます。定期的にシンガポールに研究に出向き、それを踏まえてメニューも時々入れ替わるので、それも楽しめます。

☆成長期(第一次、2005年~2010年)
→恵比寿では海南鶏飯食堂に加え2店がオープンし3店が集中、局地的に競合激化。機が熟したとみたか、シンガポールから大手シーフードレストランが進出。一方で、カヤトーストのお店もできたものの閉店となる。

[シンガポール海南鶏飯(シンガポール ハイナンチーファン)]
http://www.hainanchifan.com/
2005年に水道橋にオープン。元々台南担仔麺(※台南ターミー、新宿にある同名のお店とは別系列)というお店を出していた台湾資本と思われる会社が後にシンガポール料理も手がけました。タイミング的にも店名も海南鶏飯食堂を(横目で)意識したと思われますが、私のまわりで混同してしているひともいました。その後恵比寿店ガーデンプレイス、汐留シティーセンター、赤坂サカス、三越前の日本橋三井タワー(2014年)と勢いよく、且つ好立地(賃料も高そうな場所)で出店(恵比寿店は閉店)。台湾にも出店しているようです。シンガポール大使館ご用達を売り文句にしており、シンガポール大使館のイベント向けのケータリングも行っているようです。

[エビス新東記(エビス シントンキー)]
http://www.sintongkee.jp/
2005年10月に恵比寿のJR西口駅近くにオープン。シンガポール人のオーナーだというのが他店に比べて特徴的で、オーナーの方はおじいさんが70年前に中国海南島からシンガポールに渡ったとのことで、海南系のシンガポーリアンのようです。2006年にシンガポール政府観光局から第1号認定シンガポール料理店の称号を受けたとのこと。2011年6月に神楽坂店をオープンさせていますが、2013年末に閉店。マーライオンの模様がついた鉄製の冷やされたジョッキで出てくるマーライオンビールが特徴的です。恵比寿店には何度か行っていますが、家庭的な雰囲気と、お店の方も自然な感じで話しかけてきてくれ、気持ちよく過ごせます。

[菓椰トーストカフェ]※閉店
2005年頃に横浜・関内にオープン。卵、ココナッツミルク、パンダンリーフ、砂糖で作られたカヤジャムをトーストにつけて食べる、カヤトースト専門店。2006年に閉店してしまったようです。

[ヤクン・カヤ・トースト] ※閉店
2006年10月にららぽーと豊洲にオープン。その名のとおり同名のシンガポールのカヤトーストの有名なお店が日本に進出。運営はタイレストラン「コカ」を日本で展開しているマルハレストランシステム、だとのこと。2012年頃に閉店してしまったようです。

→カヤトーストメインでは店舗を維持できるほどの売り上げにはならなかったか。カヤトーストだけでは飽きられてしまったか、今後カヤトースト専門店を出す場合には難易度が高そうです。

[ファイブスター・カフェ(五星鶏飯)]
http://www.golden-dining.com/fivestar.html
2007年6月に中目黒にオープン。タイ・ベトナム料理をベースにしたパクチー料理専門店、PHAKCHI BAR等を持つゴールデンダイニンググループが運営しています。海南鶏飯、バークーテーが売りのようです。築45年の町工場を改装したお店とのことで、雰囲気は良さそうです。

[カフェ・シンガプーラ 海南鶏飯]
http://www.golden-dining.com/singapura.html
2008年4月に六本木ヒルズ近くにオープン。海南鶏飯食堂からも近く、ファイブスターカフェと同じゴールデンダイニングという会社が運営しています。以前はゴールデンバーニングというエスニック料理屋でしたが、系列のファイブスター・カフェが軌道に乗ったためか、シンガポール料理店に業態転換。そのため作り方・味等はファイブスター・カフェと近いと思われます。

[シンガポール シーフードリパブリック]
http://singaporeseafood.jp/
2008年4月に品川駅前にオープン。シンガポールのジャンボ、パームビーチ、インターナショナル、トンロックの4つのレストランが共同で展開したものだそうです。運営しているのは博多ラーメン由丸なども運営する株式会社 M・R・S。「シンガポール政府公認レストランが日本進出した」と謳っており、新東記の認定シンガポール料理店とは違うのかもしれません。品川駅前という好立地にも拘わらず単独で大きな店舗を構えています。住所はホテルパシフィック東京となっており、京急電鉄のグループ会社、ホテル京急の敷地内に建てられている模様。建物もラッフルズホテルに代表されるブリティッシュ・コロニアル様式を採用、外壁サッシや内装デザインも工夫し建物全体でシンガポールらしさを表現している、とのことで建物からこだわったことが伺えます。蟹を初めとしたシーフードを前面に出しているところがこれまでのシンガポール料理店との違いで、マッドクラブを使ったチリクラブが名物料理。ベトナム、インド、フィリピンなどから生きたままマッドクラブを空輸する独自のルートを開拓、現在は週2便の頻度で空輸しているそうです。シンガポールのジャンボなどと同じようにチリクラブを揚げ饅頭(揚げた蒸しパン)と一緒に食べたり、チリクラブだけでなく本場と同じようにブラックペッパー、カレー、ソルトペッパー等様々な味のマッドクラブが楽しめるようです。銀座マロニエゲート(2008年12月オープン)、大阪梅田(2011年3月)、五反田アトレ(2013年6月、店名はシンガポールシーフードリパブリックジュニア)にも店舗があります。

☆成長期(第二次、2011年~2014年)
→更に継続して海南鶏飯を前面に出したお店が相次いで出店し東京全体で競争が激化。
同時に"シンガポール料理"でなく点心をメインとしたお店、パライダイスダイナシティが出店。

[MR.CHICKEN鶏飯店]
http://www.mrchicken.jp/index.html
2011年6月に移動販売を開始。2012年7月に原宿に店舗をオープン、その後2014年6月に北品川に移転しています。席数は10席と比較的小規模。メニューはチキンライスがゆで鶏と揚げ鶏の2種類以外に、タイのガパオライス、マレーシアチキンカレー、ベトナムのフォーもあるようです。シンガポールのホーカーセンターのような赤いプラスチックの皿に盛られて出てくるのが特徴です。車での移動販売は今も行っているようです。

[海南鶏飯(ハイナンジーハン)] ※閉店
http://tabelog.com/aichi/A2301/A230102/23043784/
東京ではないですが、2012年に名古屋にできたお店。食べログでは2012年1月オープン、最後の口コミは2012年7月、現在では閉店となっています。海南鶏飯食堂(ハイナンジーファンしょくどう)と店名、店名の字体、海南鶏飯食堂麻布店と門構え、白い壁、黒い窓枠等各所が酷似していました。東京でチキンライスが流行ってるのを見て似たものを作れば売れると考えたのか、そう考えた人がプロデュースしたのか、結果として味や思い入れがついて来なかったのだと思います。

[パラダイス ダイナシティ]
http://www.paradisedynasty.jp/
2013年6月、有楽町と銀座の間あたりの場所にパラダイス ダイナシティ銀座店としてオープンしたカジュアル中華レストラン。海南鶏飯を中心としたこれまでのシンガポール料理やシーフードとも異なり点心がメインのお店です。日本の会社がシンガポールの飲食店グループ、PARADISE GROUP PTE LTDと営業ライセンス契約をし開業。8色の小籠包が売りのシンガポール発の中華料理店で、8食の小籠包はそれぞれオリジナル、高麗人参、フォアグラ、チーズ、黒トリュフ、ガーリック、蟹の卵、麻辣味。シンガポールが本店で、日本以外にもタイのバンコク等に店舗があるようです。

[シンガポールコピティアム]
http://r.gnavi.co.jp/bjguc7z00000/
2013年7月八丁堀にオープン。シンガポール&ペナン料理専門店だそうです。コピティアムとはシンガポールやマレーシアでコーヒーショップのことですが、シンガポールではフードコートのようにお店が集まった場所もコピティアムと呼んだりもします。以前はシンガポールシーフードエンポーリアムというお名前で新橋で営業していたとのことです。ぐるなびによると、バークーテーは「八角、丁子、桂枝など16種類のハーブと約2kgのニンニクを2時間じっくり煮込みエキスを抽出。漢方とニンニクを取り出したあと、豚のスペアリブを入れさらに3時間煮込む。」とのことで、バークーテーには相当こだわっている様子。16種類のハーブとのことなので福建風の薬膳スープのバークーテーだと思いますが、一度食べてみたいです。

[CHICKEN RICE TOKYO]
http://food-dig.com/
2013年11月に青山にオープン。マリーナベイサンズ等日本ではちょっとおしゃれなイメージがあるシンガポールですが、そんなイメージを好みそうな客層のいそうな場所、かつ既にシンガポール料理店がない場所、ということで場所選びはよかったのではないかと思います。メニューは海南鶏飯、ラクサ、肉骨茶など定番ですが、お茶漬けやスパゲティがあるなど、必ずしもシンガポール料理だけではないようです。

[松記鶏飯]
http://tabelog.com/tokyo/A1310/A131002/13160030/
2013年9月に小川町(神田)にオープン。お店の方は休みがある度にシンガポールや、多くのシンガポール料理の起源ともなっているマレーシアのペナン島などに料理研究に出向いているそうで、シンガポール料理にとても詳しいです。お勧めの料理などいろいろと教えてくれましたし、他のお客さんとも話が弾んでいるようでした。このページ(→https://tokyo-calendar.jp/ja/article/3861?page=3)では、Kway Chap(クワイチャップ)が紹介されています。シンガポールのホーカーセンターでよく見られ、豚肉、モツ、油揚げ、ゆで卵などが入っているスタミナがつきそうな食べ物で私も好きな料理のうちのひとつなのですが、モツが入っていたりと日本でのきれいなシンガポールのイメージと異なるこの料理を日本で出すお店はさすがにないだろうと思っていたところこのメニューの存在を知り、また行って試してみたいと思いました。昨今シンガポール料理イコールあたかも海南鶏飯、ラクサ、バークーテーである、といったお店が増えるなか、こだわりを持っておいしいものを探し出し、より魅力を感じてほしいとの意図が感じられます。海南鶏飯食堂と同じように、研究を踏まえメニューの追加・入れ替えを行っているようですので、再訪して新メニューを楽しむこともできます。


☆成長期(第三次、2015年~ ※もしくは成熟期?)
→東京におけるシンガポール料理店の盛り上がりを受けてか、シンガポールからTCCと威南記が日本に展開。いずれもきれいなシンガポールのイメージの店舗。威南記はフランチャイズでの全国展開を狙う。

[TCC]
http://www.tccjapan.net/
シンガポールのカフェチェーン。シンガポールではカフェであり、食事もできるお店。日本ではプロントが同じような形態ですが、TCCの方がより明るい雰囲気で若い女性がおしゃべりを楽しむようなお店です。そのTCCが日本進出、2015年2月に銀座にオープン。ウェブサイト上では「シンガポールで人気のハイエンドカジュアルなレストラン」と謳われていますが、シンガポールで何度か利用したところでは「シンガポールに多くあるカジュアルで明るい雰囲気の食事もできるカフェ」という表現がしっくりきます。シンガポールから来たということで、シンガポールでは置いていない海南鶏飯もあるようです。食べたことはありませんが、出す以上は海南鶏飯もこだわって欲しいです。

[威南記(Wee Nam Kee、ウィーナムキー)]
http://weenamkee.jp/
シンガポールで有名な海南鶏飯屋さん。2015年7月に田町にオープン、続いて2015年9月に銀座店がオープンしました。立て続けにオープンしており、当初から複数店舗並行して準備をしていたと思われます。シンガポールのお店では海南鶏飯がメインで、メニューはその他いろいろあるものの注文の大部分が海南鶏飯と小松菜(※中国語で油菜)のオイスターソース炒めなのではないかと思います。一方、日本ではランチメニューにラクサがあり、シンガポール料理といえばラクサもあるよな、という日本のお客さんに対応しているのだと思います。日経トレンディの記事によると「シンガポール観光局のウェブサイトでも紹介されており、政府高官やセレブの間でも人気が高い。」となっていますが、シンガポールのお店は味はおいしいがお店そのものは大衆食堂で、別の人のブログでも「シンガポールのセレブが魅了されるチキンライス 「威南記」が日本初出店のプレオープンに伺いました。」と書かれていたり、なんだかもともとのイメージとだいぶかけ離れてしまったなぁという感じです。田町、銀座とも本国のお店からは想像もできないような洒落た店内。シンガポールの本店にも行ってみたい!と実際に行ってみたらあまりの雰囲気の違いにショックを受けるのではなかろうか、と思います(味はおいしいです)。威南記と日本でのフランチャイズ契約を結びモデル店をプロデュースしたのはバルニバービ(大阪市)という会社とのこと。更に東京都におけるマスターフランチャイズ契約を締結したのは、経営の多角化を進めている大手住宅設備総合商社の小泉(杉並区)だ、とのこと。つまり、日本での経営権を持ちレストランのプロデュースをする会社が、更に日本で地域ごとにフランチャイジーと契約する形式のようです。ウェブサイト上でも「威南記海南鶏飯では、東京都を除く日本全国においてフランチャイズ加盟企業を募集しております。」と書かれており、威南記で全国展開を狙っていることが伺えます。個人的にはシンガポールのNOVENAの今の場所に移転する前にあった店の前が開けっ放しでクーラーもなく大型の扇風機だけがガンガン回っているお店で海南鶏飯をかき込むのが東南アジアっぽくて好きだったのですが、そんなお店を無理に海外に引っ張り出して、且つ日本人の思うきれいなシンガポールのイメージに合わせてお店もガラッと変えてしまった感じでちょっと寂しいですね。日本の威南記は行ったことがないですが、シンガポールのお店はご飯に効いている鶏のだしと生姜がさわやかな風味で、更にテーブルの上の容器から好きなだけ取れる生姜ソースが鶏肉とマッチしておいしいです。

[五星 海南鶏飯]
http://tabelog.com/tokyo/A1308/A130803/13185413/
2015年8月に半蔵門にオープン。名前がファイブスターカフェに似ているが、ファイブスターカフェを運営するゴールデンダイニングのウェブサイトを見ても書いておらず関係ないのだと思います。

個人的にどこがおすすめかと聞かれれば、味・雰囲気から夢飯、海南鶏飯食堂、エビス新東記、松記鶏飯(※オープン順に記載)がおすすめです。味・雰囲気ともに温かみ・深みがあるというか、そういった意味で好きなお店です。海南鶏飯食堂、松記鶏飯ではシンガポール料理への拘りも強く、お店の人とのシンガポール料理談義も楽しめると思います。

Sunday, June 28, 2015

[中小企業診断士] 診断士養成課程は選択肢となり得るか

中小企業診断士になるには、通常の一次試験・二次試験に合格する以外に、一次試験合格後に中小企業診断士養成課程を受験し修了することで資格を取得する方法があります。

中小企業診断士養成課程とは、国の中小企業基盤整備機構が運営している中小企業大学校に設置されているものや、その他私設の教育機関や大学院に設置され経済産業大臣に登録されたものがあります。一覧は、下記中小企業庁のウェブサイトに公開されています。
http://www.chusho.meti.go.jp/shindanshi/download/0417Yousei-TourokuKikan.pdf

中小企業大学校のようにフルタイムで半年間のもの、平日の夜や週末を使い、1~2年かけて終了するもの、大学院のMBA課程と一緒になっていて卒業時にはMBAと診断士資格が同時に手に入るものなど、それぞれあります。

診断士養成課程は選択肢となり得るか、結論からいうと、資格取得を目標としている人には選択肢となり得ると思います。その理由を自身が中小企業大学校の養成課程の道を選び、学んだ経験を踏まえ下記にまとめてみました。

1.足踏み感が少なからずある二次試験の勉強をし続けなくてよい
私は二次試験を一度受け、それなりに勉強したつもりだったのですが、あと少しで通過に至りませんでした。一次試験と違い勉強を通して自身が一歩一歩成長している感覚や合格に近づいている感覚のない、また次回必ず受かるかわからない二次試験に対し、あと少しの差分を埋めるためだけにもう一年予備校に通ったりして勉強するのは投入する時間に対する効果(自身の成長度合×資格取得の確実性)がとても低いと思いました。仮に二次試験の勉強を一年続けると足踏み感が強くもどかしい思いをすることが容易に想像できました。更には二回目を受けて仮に不合格であったら、一次試験から受け直しになってしまいます。中小企業診断士養成課程であれば、入学が決まればあとは歯を食いしばって最後までついてけば資格は取得できる、また二次試験の勉強に比べ、一日一日学ぶこと自体も自分のためになる、養成課程での学習を通した自身の成長度合、資格取得の確実性の両面から養成課程が自分にとっては良さそうだと思いました。その分、養成課程の準備以外の時間は英語の学校に通うなど時間を有効に使用することを心がけました(結果的にこれでTOEICの点数も上がり転職にもプラスになりました)。

上記の1番が、自分にとっての養成課程を選択した最も大きな要因だったのですが、実際に養成課程で学ぶなかで、感じたのは下記2点です。

2.まとまった時間を使って考える・議論する、そこで成長するよい機会となる
以前自身が事業会社で勤務していたときは、会社や部署をよりよくするためにどうしたらいいのか等、同僚と納得いくまで議論したいとは思いつつも、通常業務が忙しく、なかなか思うようにできていませんでした。中小企業大学校の養成課程では、一部座学もあるものの、大部分がケーススタディに基づいたディスカッション・グループワークであったり、実際に中小企業を訪問してのコンサルティングプロジェクト形式の実習であったり、まさに題材となっている会社をどう良くするかを議論することがメインでした。ホワイトボードに向かい、侃侃諤諤議論します。時には指導教員に反論したりします。議論が詰まってしまい、誰も打開策を打ち出せないときには、誰かがいい意見を言ってくれるのを待たず、「ここで状況を打開するのは自分なんだ、自分なんだ。。。」と常に考え、積極的に発言・議論を導くようにしていました。今考えると、その時の経験があったことが、養成課程修了後入社した外資系コンサルティング会社の経営コンサルティング部隊で生き残ることができた要因だと思っています。その会社では入社時の最終面接でパートナーに「コンサルティング会社で働くのに中小企業大学校に行かずに直接来れば早かったのに」と言われましたが、自分としては養成課程での経験がなければ、入社早期から議論のなかでプレゼンスを発揮するのがなかなか難しかったのではと思っています。

3.養成課程参加者同士の強いコネクションができる
自身の通っていた中小企業大学校の養成課程では、さすが公的機関、クラスメートの8割以上が日本全国の中小企業支援機関、行政の中小企業支援部門、金融機関から派遣されている人でした。私は残りの1~2割に滑り込んだ形です。その人達と濃密な半年間を過ごし、全国にて中小企業支援を仕事として行っている人達との強いコネクションを築くことができました。自分のコンサルタントとしての成長次第ですが、将来セミナー等に講師として呼んでもらったりもできるかもしれません。2に関連するところでは、中小企業支援のための支援策の適用を認可する行政側、中小企業に融資する金融機関等、様々な立場で中小企業支援に関わる人たちと議論するなかで、それぞれの考え方に触れることができたのも経験値としてよかったと思っています。聞きたいことがあれば今でも連絡して聞くこともできます。中小企業大学校以外では、参加者の構成がどのようになっているかはその人のブログを探し出したりしてチェックしてみるといいかもしれません。


と、いい面ばかりを挙げましたが、もちろん養成課程に要する時間や費用についても考える必要はあります。自分の場合は、①診断士資格を取得することが自分の計画における目標のうちのひとつでありそれを最優先したこと(確実性 = お金に変えられない価値を重視)、②また資格取得後コンサルティング業界へ転職しようと考えていたため退職には抵抗がなかったこと(資格取得後思い通りの仕事にありつけるかはわからなかったが、何となく自信はあった)、③また養成課程期間中に収入が得られない機会損失はあるものの当時独身であったたことから支えられなくなるキャッシュアウトフローが特になかったこと、の①~③から、自分にとってはフルタイムの養成課程に入るデメリットは大きくないと判断しました。家計の維持のために、仕事をしていない期間ができてはいけない人であれば、現職を退職せずに平日夜や週末の養成課程などがありますので、それも選択肢となるとは思います。また、③は許容可能だが、②は養成課程後思うように仕事が見つからなかった場合のリスクを考えると抵抗があるという方は、平日夜や週末の養成課程以外に、会社と交渉して休職しフルタイムの養成課程に入る選択肢も考えられると思います。実際には、私の同期の個人で参加していた人も養成課程終了後中小企業支援機関に就職したり、独立して生計を立てたりしているので、やり抜く意志さえあれば心配しすぎる必要はないとは思います。

ウェブ上では、養成課程についていろいろ否定的な意見も書かれていたりしますが、一切気にする必要はありません。診断士になれば、誰がどの出身だとか一切関係ないですし、気にする人もいません。どれだけ仕事を取ってきて、確実に実施できるかが勝負です。本当になりたいのに二次試験を経ての資格取得にこだわっていて結局機会を逃してしまっては本末転倒です。コンサルティングプロジェクトにも言えることですが、目的を達成するためにはあらゆる手段を考えるというマインドで考え、判断頂ければと思います。歯を食いしばって臨めば、むしろ即戦力として次の道へ繋がるものだと思っていますので、打算的に活用してください。

Wednesday, June 10, 2015

[中小企業診断士] 診断士とMBAのどちらを取得すべきか

今後のキャリアアップのために、中小企業診断士とMBAのどちらを取得すべきか。答えは当たり前ですが「その人による」です。それぞれ特徴があり、自分の人生にとって必要なのは何によって得られる要素なのか、それに時間やお金をかけて取り組む価値があるかを考えるべきです。

まずは中小企業診断士の特徴は、
1.学習を通して得た知識を活かして仕事の幅を広げられる
今まで特定の分野で仕事をしていた人が、経営に関する基礎的な知識を一次試験の7科目の学習を通して身に着けることができます。それにより、例えば財務会計の科目で学んだことを活かして取引先の財務諸表を見たり、経営情報システムでの知識を活かしてシステム改善のプロジェクトに参加したり(当然最初は参加者のひとりという位置づけ)、経営法務で学んだ知識をベースに取引先との契約内容すり合わせをしたりと、資格取得に至るかは別として、真剣に取り組めば少なからず上記のような職場に転がっている機会を掴み、仕事の範囲を広げられる可能性はあると思います。仕事の範囲を広げ、社内での希望の部門への異動や転職に繋げられれば時間やお金をかけて勉強した価値は十分あるし、逆に勉強だけして満足していたら時間とお金の無駄です。ただ、経済学は、私も苦手な科目のひとつでしたが、自身の経験上勤務した事業会社、外資・日系のコンサルティング会社での勤務で知識が役に立つ機会はありませんでしたので、必ずしも全て同様に自身の仕事に役立つとは言えない部分もあるとは思います。

2.公的な機関から中小企業支援の仕事を得やすくなる
今度は診断士として開業して仕事をする場合ですが、よくネット上で言われているのが、公的資格とはいえ、弁護士、会計士、税理士等と違って法的な独占業務がないため、努力して取っても意味がない、それだけでは食っていけない等です。確かに、中小企業診断士の資格を持った人だけに開放された一定の市場があるわけではありません。一方で、商工会・商工会議所等の中小企業支援機関、地方自治体等において専門家による経営相談や専門家を企業に派遣する中小企業支援施策が用意されていますが、その専門家募集のページでは、「中小企業診断士資格を保有していることが望ましい」と記載されていることも多いです。中小企業診断士資格の有無に関わらず経営コンサルタントを名乗りそういった経営の助言を行う業務を行うことはできますし、実際に既にどこの地方自治体で○○アドバイザーをしているといった経歴がよりものをいうことは確かですが、一番最初に仕事を取る際には資格があった方が有利といえると思います。支援機関や地方自治体でも、その看板を背負った経営相談員や派遣される専門家の一定レベルの質を担保しなくてはなりませんし、その判断のよりどころになるものだと思います。

3.国際協力の分野での活躍も期待できる
また、あまり知られていませんが、国際協力の分野で、日本のODAを財源とした、JICAやHIDA(一般財団法人海外産業人材育成協会)等の活動のなかで、海外の中小企業産業振興や中小企業人材育成を目的としたものも多くあり、そこでの活躍の機会も考えられます。JICAやHIDAはタイやインドネシアで中小企業診断士の育成を行っており、そこでも日本の中小企業診断士が活躍していました。また、JICAが2012年から開始した、日本の中小企業の海外進出を支援し、それを以て進出先国の経済発展・人材育成に寄与するという「中小企業海外展開支援事業」においても、中小企業診断士の活躍の機会は多いと思います。海外の大学院で開発学を専攻し国際協力の分野に関わる人も多いですが、中小企業診断士資格の取得も国際協力に関わりたい人にとっての入口のひとつになると思います。国際協力機関で働く人は支援先国との調整役となることが多いと思いますが、診断士は現場で現地の人に根気よく指導する立場を期待されることも多く、より現場に近い場所で関わりたい人には理想的とも言えると思います。下記リンクのように中小企業診断士の経験を活かして、国際協力に携わって本を出版されている方もいます。
元JICA専門家 中小企業診断士 298日間の海外支援奮闘記
中小企業診断士による国際協力の機会についてはあまり知られていないことですが、これを知って診断士を目指し、国際協力の分野で活躍する若手が多く出てくるといいなと思っています。

4.診断士同士の横の繋がりができる
参加するしないは自由ですが、中小企業診断協会という診断士が集まる協会もあります。様々な研究会活動があり、診断士同士の横の繋がりができます。自身の経験上、いわゆる大企業で幹部として働いている人、働いていた人も多く、そういった会社の話を聞けたり、そういった人と一緒に仕事をすることでその人のコネクションが仕事に生きることもあると思います。

一方、MBAについては、私自身が取得しているわけではないので、人から聞いた話として簡単に紹介するにとどまってしまいますが、
1.英語での経営に関する議論ができるようになる
海外MBAの場合、授業は全て英語で、様々なケーススタディを通してクラスメートとの議論も行うことになりますので、必死に頑張れば卒業する頃には初めて訪問した海外の会社などとも英語で経営のハイレベルな議論をすることができるようになります。

2.世界中からの優秀なビジネスマンとのコネクションができる
世界中の有名企業から幹部候補生として派遣されている人などと、一緒に議論をしたりグループワークをしたりと密なコミュニケーションをするなかで、強いコネクションができます。卒業後も互いの国の企業を紹介しあったりと、コネクションが自身のビジネスにも生きます。

中小企業支援・国際協力に近づける、協会に参加すれば国内での横の人脈もできる中小企業診断士。中小企業診断士は、働きながらでも取得は可能です。海外人材としての即戦力+グローバルな人脈が得られるMBA。MBAは会社を辞めるか休むかしなければならない分よりハードルは高いですが、その分自身のキャリアをグローバルな方向に一気に転換させる強力な経験値を得られます。どちらも自己啓発にはなるものの、それ自体を目的とするにはかける時間とお金がもったいなさ過ぎます。なんとなくの憧れを持つだけでなく、目指す目的を自分なりに定義づけたうえで、取り組めば必ずその後の人生に有意義なものとなると思います。転職に関する投稿でも書きましたが、どちらも将来を見据えてその道具として打算的に活用していくものだと思います。